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福岡高等裁判所那覇支部 平成9年(行コ)4号 判決

控訴人

沖縄国際観光都株式会社

右代表者代表清算人

高良健

被控訴人

沖縄県教育委員会

右代表者委員長

砂川朝信

右訴訟代理人弁護士

阿波連本伸

右訴訟復代理人弁護士

武田昌則

兼島雅仁

右指定代理人

大城将保

外三名

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が平成元年七月三一日、平成四年一月一六日、同年四月四日、平成五年七月七日及び平成七年五月二六日付でそれぞれ被控訴人に提出した「史跡の拡大指定に伴う工事中止による損失の補償について」と題する各文書(以下、右各文書を併せて「本件各文書」という。)について、被控訴人がこれを文化庁長官に送付しないことが違法であることを確認する。

3  被控訴人は、本件各文書を文化庁長官に送付し、かつ、控訴人に対し、その送付日を明らかにせよ。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  事案の概要

一  本件の事案の概要及び争いのない事実等は、原判決四頁一行目の「送付するよう」を「送付すること等を」と、同一〇行目の「(甲八)」を「(甲八、弁論の全趣旨)」とそれぞれ改めるほかは、同三頁七行目から同六頁一行目までに記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

二  控訴人の主張

1  本件の事実経過

(一) 控訴人は、昭和四四年、ホテル及び駐車場等の付属施設の建設を計画し、琉球政府の史跡指定地域についての調査を行い、建設予定地が史跡指定地域外であることを確認したうえ、昭和四六年七月、県道一四六号線沿いを出入口とするホテル及び駐車場等の付属施設の建築確認を受け、工事に着手した。

(二) ところが、昭和四七年五月一五日、文部大臣が右史跡指定地域を拡大し、控訴人において建築中のホテルの出入口や駐車場の一部が史跡として指定されたため、現状変更が禁止されることになり、同年一二月二二日、文化庁から、右史跡指定地域に係る工事部分を中止するよう通知があった。

(三) そこで、控訴人は、文化庁長官及び被控訴人に対し、工事着手時には史跡指定地域ではなかったこと、工事の中止により莫大な損失を被ること等を説明し、工事の続行を要請したものの認められず、ホテルの出入口や駐車場等の工事についてその一部の中止を余儀なくされた。そこで、控訴人は、やむなく計画どおりの設備を完備しないままに別の通路を利用することにして開業したものの、宿泊客は漸次減少し、開業後二、三か月で皆無となって休業状態となったものであり、一般の受忍限度を超える財産上の特別の犠牲を強いられることになった。

2  右のような事実関係によれば、国は、文化財保護法四条三項、七〇条の二の趣旨に照らし、同法八〇条五項の類推適用により、控訴人の右損失を補償すべき義務があるところ、同法八〇条六項、四一条二項により、文化庁長官が補償額を決定することになる。

そして、国宝、重要文化財又は重要有形民俗文化財の出品又は公開に起因する損失の補償に関する規則(以下「補償規則」という。)一条によれば、文化財保護法五二条一項の規定により補償を受けようとする者は、損失補償請求書を文化庁長官に提出することができる旨規定されているのであるから、同法五二条一項と同趣旨の規定である同法八〇条五項の規定(又は類推適用)により補償を受けようとする者にも右補償規則一条が類推適用され、右補償請求をする者は、文化庁長官に対する補償額決定の申請権を有するというべきである。

3  そこで、控訴人は、文化庁長官に対し、補償額の決定を申請するため、文化財保護法一〇三条一項の規定に従い、本件各文書を中城村教育委員会を通じて被控訴人に提出したにもかかわらず、被控訴人は、現在に至るも文化庁長官に本件各文書を送付していない。

4  被控訴人の右不作為は、以下に述べるとおり違法である。

(一) 右に述べたとおり、文化財保護法の損失補償の規定により補償を受けようとする者には、文化庁長官に対する補償額決定の申請権があるから、右申請のための損失補償請求書が、同法一〇三条の「その他の書類」に該当することは明らかである。したがって、被控訴人は、同条二項に従い本件各文書を文化庁長官に進達する義務があり、控訴人は、法令による申請権を有するというべきである。

(二) 同法八〇条六項、四一条三項は、文化庁長官の決定した補償額に不服のある者は、訴えをもってその増額を請求することができる旨規定しているところ、文化庁長官が右補償額の決定をしなければ、これに対する不服の訴えを提起できないのであるから、同法八〇条五項の規定(又は類推適用)により補償を受けようとする者に文化庁長官に対する右補償額決定の申請権が認められないとすれば、憲法三二条で補償された裁判を受ける権利を行使できないことになる。

本件各文書は、文化庁長官に対し、裁判を受ける権利を行使する前提となる補償額決定を申請するためのものであるから、被控訴人の文化庁長官に対する本件各文書の送付は、国民の権利義務を形成し又は確定する効力を有する行政処分である。

また、同法一〇三条二項は、都道府県教育委員会が同条一項所定の書類を受理したときは、意見を具してこれを文部大臣又は文化庁長官に送付しなければならないと規定しているが、これは、地方自治法一八〇条の八第二項、別表第三、二、(一〇)において、機関委任事務とされているので、都道府県教育委員会は、文部大臣又は文化庁長官と国民との間の法定の経由機関としての進達義務を負うことを規定したものと解するのが相当である。したがって、書類の提出について応答義務があるのは、都道府県教育委員会であり、都道府県教育委員会が右進達義務に基づき文部大臣又は文化庁長官に書類を送付する行為は、国民の権利義務を形成し又は確定するのに影響を及ぼすものである。

(三) 被控訴人は、同法一〇三条二項に従い、相当の期間内に本件各文書を文化庁長官に送付すべきであるにもかかわらず、これをしないから、その不作為は違法である。

5  よって、控訴人は、被控訴人に対し、被控訴人が本件各文書を文化庁長官に送付しないことが違法であることの確認を求める(以下「本件請求一」という。)とともに、被控訴人が本件各文書を文化庁長官に送付し、控訴人に対しその送付日を明らかにすることを求める(以下「本件請求二」という。)。

三  被控訴人の主張

1  本件請求一について

(本案前の主張)

(一) 行訴法三条五項の不作為の違法確認の訴えの原告適格が認められるためには、その者に法令に基づく申請権が存在しなければならない。

ところで、文化財保護法は、現存する価値ある文化財を保存、保護し、かつ、その活用を図り、国民の文化的向上に資することを目的としているところ(同法一条)、これを達成するために、同法は、文化財の管理、調査及び保護手続等を規定しており、同法一〇三条一項もその一つである。

したがって、右のような同法の目的、これを受けて規定された同法一〇三条の趣旨に鑑みると、同条の「書類」とは、専ら同法の規定によって定められた文化財の管理、調査及び保護手続等に関して提出する書類のことをいうと解されるところ、本件各文書は、文化庁長官に対して損失補償を請求するという内容の文書であるから、同条の「届書その他の書類」には当たらない。そうすると、本件において、同法一〇三条二項の規定から、解釈上控訴人の申請権を導き出すことはできないと解するのが相当であるから、控訴人は原告適格を欠くというべきである。

また、控訴人は、同法八〇条五項の規定を類推適用して損失補償を求めると主張しているが、右規定による損失補償は、同条一項の規定による現状変更許可申請に対する不許可処分がされ、それにより損失が生じていることが要件とされているところ、本件においては、後記のとおり無許可の工事の中止及び現状変更に際しては許可申請の手続が必要であることを指導したものに過ぎないから、同法八〇条五項の規定を類推適用すべき事案であるとはいえない。したがって、控訴人の申請は、法令に基づく申請とはいえない。

(二) 不作為の違法確認の訴えは、行政庁が法令に基づく申請に対し、相当の期間内に何らかの行政処分をすべき義務を負っていることを前提として、行政庁がその義務に違反している状態にある場合に提起できる訴えである。そして、右行政処分とは、国民の権利義務を形成し又は確定する効力を有する行為をいう。

ところが、控訴人が被控訴人に対して求めている書類の文化庁長官への送付(進達)は、行政機関相互間の行為に過ぎず、国民の権利義務を形成し又は確定する効力を有する行政処分ではない。

(本案の主張)

(一) 本件各文書は、前記のとおり文化財保護法一〇三条一項の「その他の書類」に該当しないから、被控訴人は、同条二項に従い、文化庁長官に本件各文書を送付すべき義務はなく、不作為の違法はない。

(二) 本件の事実経過は、以下のとおりであるが、控訴人は、平成四年三月の被控訴人の事業執行により実質的に本件各文書を文化庁長官に提出する目的を達しているから、被控訴人がこれを文化庁長官に進達する実体上の意味はない。

(1) 昭和四七年五月一五日の史跡指定当時、指定地域に隣接して、ホテル建設工事がされていたところ、同年一〇月、国際産業株式会社(以下「国際産業」という。)が、右指定地域内で、文化財保護法八〇条一項による許可を得ないまま道路建設のためと思われる工事に着手した。

そこで、文化庁は、同年一一月、国際産業に対し、現状変更に際しては許可申請手続が必要であること及び工事を中止すべきことを指導した文化財保護部長名の文書を送付した。

その後、国際産業は、現状変更の許可申請手続を行わずに工事を中止したが、別の道路を利用してホテルの工事を続け、昭和四九年六月に営業許可を受けてホテルを開業した。

(2) 控訴人は、昭和五四年になって突然、被控訴人に対し、同年一二月二四日付「史跡の拡大指定に伴う工事中止による損失補償について」と題する文化庁長官宛の書面を中城村教育委員会を経由して提出した。

(3) 被控訴人は、中城村、北中城村及び文化庁とも協議のうえ、平成四年三月までの間、国際産業と度々協議を行い、同月、土地の買取、建物及び工作物の移転補償等について約八億円の事業を執行した。その間、被控訴人は、控訴人及び国際産業の代表者である高良一に対し、ホテル等史跡指定地域外の地域については、文化財保護行政として対応できないので、公園事業等他の方法により対応するが、それについては、中城村及び北中城村とともにできるだけ協力すること等を繰り返し説明し、了解を得ていた。

(4) 以上のとおり、本件の史跡指定に関し、文化財保護行政として対応可能な事柄は、平成四年三月ですべて措置済みとなった。

2  本件請求二について

(本案前の主張)

本件請求二は、被控訴人が本件各文書を文化庁長官に送付しないことが違法であることを前提とするものであるから、右違法であることの確認を求める請求が不適法である以上、これも不適法である。

仮にそうでないとしても、行政庁に対し一定の処分をすべきことを命じるいわゆる義務付け訴訟は、行政庁の第一次的判断権を奪うことになるから、制度的に認められず、この点からも不適法である。

(本案の主張)

本件各文書は、文化財保護法一〇三条一項の「その他の書類」に該当しないから、被控訴人は、同条二項に従い、文化庁長官に本件各文書を送付すべき義務はない。

四  主たる争点

1  本件請求一について

(本案前の争点)

被控訴人が文化財保護法一〇三条二項に従い、本件各文書を文化庁長官に送付することについて、控訴人が法令に基づく申請権を有するか。また、右送付行為が、不作為の違法確認の訴えの対象である行政庁の処分に該当するか。

(本案の争点)

被控訴人が文化財保護法一〇三条二項に従い本件各文書を文化庁長官に送付しないことが違法であるか。

2  本件請求二について

(本案前の争点)

被控訴人が文化財保護法一〇三条二項に従い本件各文書を文化庁長官に送付する行為が、行政庁の処分に該当するか。また、義務付け訴訟が認められるか。

(本案の争点)

被控訴人は控訴人に対し、本件各文書を文化庁長官に送付し、その送付日を明らかにすべき義務があるか。

第三  争点に対する判断

一  本件請求一について

1  不作為の違法確認の訴えは、行政庁が法令に基づく申請に対し、相当の期間内に何らかの処分又は裁決をすべきであるにもかかわらず、これをしないことについて、その違法確認を求める訴えであって(行訴法三条五項)、当該申請をした者に限り、これを提起することができる(同法三七条)。

そして、右訴えは、法令に基づく申請に対し、行政庁に応答義務があることを前提として、行政庁の応答義務違反の状態が違法であることの確認を求め、これを確認する判決の拘束力によって、行政庁に対し申請について何らかの処分又は裁決を行う義務を課すことにより、右処分又は裁決に対する取消訴訟を可能ならしめることを目的としているものであるから、処分又は裁決の取消しの訴えを補完する性質の訴訟であり、抗告訴訟に属するものと解される。

以上の点に、行訴法三条各項は、処分の概念を統一的に用いていることを併せ考慮すると、不作為の違法確認の訴えの対象となる処分は、取消訴訟における処分と同意義に解するのが相当である。したがって、不作為の違法確認においてなすべき処分とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定する効力を有する処分であると解される。

したがって、法令に基づく申請に対し行政庁がなすべき行為は、右のような意味での処分性を予定されているというべきであるから、不作為の違法確認の訴えが許容されるためには、当該申請が処分を求めているものであることを要するものと解され、そうでない場合は、右訴えの対象とはならず、不適法として却下されるべきものである。

2  そこで、都道府県教育委員会が文化財保護法一〇三条二項に基づき同条一項に規定する書類等を文部大臣又は文化庁長官に送付することが、不作為の違法確認の訴えにおいて行政庁がなすべき処分に該当するかどうかを検討する。

文化財保護法一〇三条一項は、「この法律の規定により文化財に関し文部大臣又は文化庁長官に提出すべき届書その他の書類及び物件の提出は、都道府県の教育委員会を経由すべきものとする。」と、同条二項は、「都道府県の教育委員会は、前項に規定する書類及び物件を受理したときは、意見を具してこれを文部大臣又は文化庁長官に送付しなければならない。」と、同条三項は、「この法律の規定により文化財に関し文部大臣又は文化庁長官が発する命令、勧告、指示その他の処分の告知は、都道府県の教育委員会を経由すべきものとする。但し、特に緊急な場合は、この限りでない。」とそれぞれ規定している。

なお、平成五年法律第八九号による改正前の文化財保護法一〇三条四項には、「この法律の規定により文部大臣又は文化庁長官に対してなすべき届出、報告、申出又は指定書の返付は、その届書その他の書類又は指定書が第一項の規定により経由すべき都道府県の教育委員会に到達した時に行われたものとみなす。」と規定されていたが、平成五年一一月一二日に公布された行政手続法三七条に、「届出が届出書の記載事項に不備がないこと、届出書に必要な書類が添付されていることその他の法令に定められた届出の形式上の要件に適合している場合は、当該届出が法令により当該届出の提出先とされている機関の事務所に到達したときに、当該届出をすべき手続上の義務が履行されたものとする。」と同趣旨の規定がおかれたため、行政手続法の施行に伴う関係法律の整備に関する法律により、文化財保護法一〇三条四項が削除され、行政手続法三七条に規定されていない報告、申出及び指定書の返付については、同条が準用されることになったものである。

また、地方自治法一八〇条の八第二項、別表第三、二、(一〇)は、文化財保護法の定めるところにより、文化財に関し文部大臣又は文化庁長官に提出すべき届書その他の書類及び物件を受理し、意見を具してこれを文部大臣又は文化庁長官に送付し、文部大臣又は文化庁長官が発する命令、勧告、指示その他の処分の告知に関する事務は、都道府県教育委員会が管理し、及び執行しなければならない事務として規定しており、国の機関委任事務とされている。

そして、文化財保護法一〇三条の趣旨は、文化庁に地方支分部局が置かれていないため、都道府県教育委員会がその窓口となることを明らかにするとともに、都道府県教育委員会と文化庁との間の連絡を密にし、各都道府県内における国の文化財保護措置を各都道府県教育委員会が把握するとともに、同条二項による意見具申により、各地方の事情を文化庁も把握することにより、適切な文化財保護行政が行われることにあると解される。

以上のような進達事務に関する各規定及びその趣旨を前提に考察するに、行政手続法三七条等によれば、文部大臣又は文化庁長官に書類等を提出して申請等をする者は、これが法令に定められた形式上の要件に適合している場合には、文化財保護法一〇三条一項により提出先とされている都道府県教育委員会に到達したときに、手続上の義務を履行したことになり、都道府県教育委員会が同条二項に従いこれを受理し、意見を具して文部大臣又は文化庁長官に送付しなかったとしても、文部大臣又は文化庁長官は、提出がなかったものと取り扱うことはできなくなる。したがって、当事者に、右送付行為等についての申請権があるとは解されず、また、前記のとおり右行為は、地方支分部局の置かれていない文化庁のいわば窓口である都道府県教育委員会が国の機関委任事務として行うものであり、これにより都道府県教育委員会と文化庁との間の連絡を密にする趣旨であることをも併せ考慮すると、行政機構の内部的な行為に過ぎず、それによって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定する効力を有するとはいえないから、不作為の違法確認の訴えの対象となる処分には該当しないというべきである。

3  なお、本件各文書は、控訴人が、国は、控訴人の主張1記載の理由により、文化財保護法八〇条五項の類推適用に基づき、控訴人に生じた損失を補償すべき義務があるとして、同条六項、四一条二項の類推適用に基づき、文化庁長官に対し、補償額の決定を求めた書類である。

そして、本件各文書が文化財保護法一〇三条一項の「この法律の規定により文化庁長官に提出すべきその他の書類」に該当するとすれば、前述したとおり、控訴人が被控訴人に本件各文書を提出したことにより、被控訴人が同条二項に従いこれを送付しなくとも文化庁長官に提出したものと扱われることになる。したがって、その場合には、控訴人は、端的に文化庁長官を被告として、損失補償額の決定を求める申請に対し(後記のとおり、これが法令に基づく申請に当たるかどうかの問題はあるが)、文化庁長官が何らの処分をしないことが違法であると主張することができるのであるから、以下この点につき検討する。

そこで、まず文化財保護法における損失補償の規定についてみるのに、文化財保護法四条三項は、「政府及び地方公共団体は、この法律の執行に当って関係者の所有権その他の財産権を尊重しなければならない。」と規定しており、また、四一条一項(三八条一項)、四三条五項(同条一項、三項)、四五条二項(同条一項)、五二条一項(四八条、五一条)、五五条三項(同条一項)、五六条の一六(五二条)、五七条の五第九項(同条二項)、五八条三項(同条一項、四一条)、八〇条五項(同条一項、三項、四三条三項)、八一条二項(同条一項)、八三条二項(同条一項)等は、右各条項に規定する事由により、損失を受けた者に対し、国は、通常生ずべき損失を補償することを、同法四一条二項(右四三条以下の損失補償の各規定において準用)は、右補償の額は、文化庁長官が決定することを、同法四一条三項本文(右同)は、右により決定された補償額に不服のある者は、訴えをもってその増額を請求することができることをそれぞれ規定している。

そして、補償規則一条は、文化財保護法五二条一項(同法五六条の一六において準用する場合を含む。)の規定により補償を受けようとする者は、五二条一項各号に掲げる事項を記載した損失補償請求書を文化庁長官に提出することができると規定している。もっとも、同法の他の損失補償の規定により補償を受けようとする場合については、右補償規則のような規定はないが、同法五二条一項の場合と区別すべき合意的な理由があるとは解せられないから、他の損失補償の規定により補償を受けようとする場合においても、右補償規則の規定が準用されるものと解される。したがって、同法八〇条五項の類推適用に基づく損失補償を求める本件各文書も、右補償規則の準用により文化庁長官に提出すべき損失補償請求書であると認められる。

以上のような損失補償に関する文化財保護法の各規定によれば、文化庁長官に損失補償を請求する場合には、損失補償請求書の提出が予定されているというべきであるが、同法一〇三条一項所定の文化庁長官に提出すべきその他の書類について、文言上特に限定は付されていないこと、前記同条の立法趣旨すなわち文化庁に地方支分部局がおかれていないため、都道府県教育委員会が国の機関委任事務として書類を受理し、意見を具して文化庁長官等に送付することにより、都道府県教育委員会と文化庁との間の連絡を密にし、適切な文化財保護行政を図ることにあることからいっても、右損失補償請求書を除外する合理的理由はないこと等に照らすと、本件各文書は、同条一項所定の「その他の書類」に該当すると解するのが相当である。

これに対し、被控訴人は、文化財保護法一〇三条は、現存する価値ある文化財を保存、保護し、かつ、その活用を図り、国民の文化的向上に資するという同法の目的(同法一条)を達成するために、文化財の管理、調査及び保護手続等を定める規定であるから、同法一〇三条の「その他の書類」とは、専ら文化財の管理、調査及び保護手続等に関して文化庁に提出する書類のことをいうのであって、文化庁長官に対し損失補償を請求するという本件各文書は、同条の「その他の書類」には当たらないと主張する。

しかしながら、前記損失補償制度は、憲法二九条に基づく財産権の保障を根拠とし、公共のために適法な公権力の行使により私有財産を用い、あるいは財産権の内容に制限を加える場合、そのことにより特定の個人の財産につき生ずる偶然かつ特別の犠牲を、受益者である社会全体の負担とする趣旨で設けられた制度である。そして、文化財保護法四条二項は、「文化財の所有者その他の関係者は、文化財が貴重な国民的財産であることを自覚し、これを公共のために保存するとともに、できるだけこれを公開する等その文化的活用に努めなければならない。」と定めているところ、前記損失補償の規定により文化財の所有者等に対し、適正な損失補償が行われることは、右文化財保護法四条二項の規定等を通してひいては文化財を保存、保護し、かつ、その活用を図り、国民の文化的向上に資するという同法の目的を達成することになるというべきであるから、被控訴人の主張するところは、必ずしも本件各文書が文化財保護法一〇三条一項所定の「その他の書類」に当たらないということの根拠にはなりえないというべきである。

以上によれば、本件各文書が法令に定められた形式上の要件に適合している限り(損失補償請求書については、前記補償規則に規定があるところ、本件各文書が形式上の要件に適合していないというのであれば、被控訴人あるいは文化庁長官は、当事者に教示して補正をさせるべきである。)、控訴人が被控訴人に本件各文書を提出したことにより、文化庁長官に損失補償の申請がされたのと同一の効果が生じているものと解すべきである。そして、損失補償額を決定する権限を有するのは文化庁長官であり、その決定が処分に該当することは明らかであるから、控訴人の文化財保護法八〇条五項の類推適用の主張が認められるかどうかにより、不作為の違法確認の訴えの訴訟要件である法令に基づく申請権の有無が問題となる可能性はあるとしても、控訴人は、文化庁長官を被告として不作為の違法確認を求めるべきである。

控訴人は、被控訴人が文化財保護法一〇三条二項の義務を怠り、本件各文書を文化庁長官に送付しないことにより、文化庁長官が補償額の決定をしないため、同法八〇条六項、四一条三項に基づき、補償額の決定に対する不服の訴えを提起できず、憲法三二条で保障された裁判を受ける権利を行使することができないから、被控訴人が文化庁長官に本件各文書を送付する行為は、国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定する効力を有する行政処分であると主張するが、右に述べたとおり、控訴人は、端的に文化庁長官を被告として不作為の違法確認を求めればよいのであるから、必ずしも裁判を受ける権利を行使することができなくなるとはいえず、右送付行為が処分であることの根拠とはなりえない。

二  本件請求二について

本件請求二は、被控訴人が本件各文書を文化庁長官に送付する行為が行政処分であることを前提として、右行政処分をすることを被控訴人に命じることを求めたものであり、無名抗告訴訟の一種である義務付け訴訟であると解される。

しかしながら、義務付け訴訟は、行政庁に公権力の発動を求める類型の無名抗告訴訟であるところ、被控訴人が本件各文書を文化庁長官に送付する行為が行政処分でないことは、前述したとおりであって、抗告訴訟の対象とはならないから、義務付け訴訟の許容性を論ずるまでもなく、右訴えは不適法というべきである。

三  結論

よって、控訴人の本件訴えはいずれも不適法であるからこれを却下すべきであり、これと同旨の原判決は正当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行訴法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岩谷憲一 裁判官角隆博 裁判官吉村典晃)

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